ここ数日でどうしようもない虚無感に襲われ、
その日はとうとう寝具から出てくることすらも
できなかった。





「熱はないんだ。」

「分かってる」

「でも、どうしても、起き上がることもできないんだよ。」

「…ああ」

ギルドの仕事は、俺が代わりにいくから、お前は寝ていろと、
そういってサバタはさっさと用意をしていた。

「…ごめん、呆れてるよね…」


「呆れてはいないさ。妙な気を使うな
事が終われば、元に戻る。今はただ何も考えず伸びていろ。」


「…」



そういって、サバタは太陽の光を遮る
ロザリオの刺繍を施された、黒く大きい布を頭にかぶり
ドアを開けて出て行ってしまった。







どこも悪くはないのに、どこも苦しくはないのに、
ただ、全身を襲う虚無感があまりにも強くて、
起きなきゃと頭では思うのに、
心がそれを受け入れてくれない。








あの日、あの日と同じだからこそ
ボクはここで寝ているわけには、いかないのに。








ボクはただ、ひたすら天井を見ていた。

「……」

淡々と流れる沈黙。喋る理由も、
喋る相手も、喋る気力もない。


ボクは、こんな状況になって、初めて
本当にこの街が危険にさらされている時、
自分も、太陽仔までも、太陽樹と同様に
こんなにも無力になってしまう事を知ってしまった。



結局どちらにしても
あの時、ボクはやっぱりこの街を守れなかったんだな。

「お父さん…」


もういない父を思う。
お父さんだって、数日前から体調も悪かったはずで、
最期の、あの数時間も、とても苦しかったはずだ。


なのに、どうして、


最期の最期までボクたちの為に戦う事ができたんだろうか。


比べて、あまりにもの自分の不甲斐なさに、
悔しくて、涙が出た。























もうすぐ、この地に二回目の日食がやってくる。










日が隠れる間は

cast:サバタ ザジ ジャンゴ リタ レディ






「やっぱり、ジャンゴくんは動けそうになかったみたいね…
ごめんなさいね、代わりにきてくれて。」

サンミゲルから少し離れた、その場所で、
レディと、大地の巫女、そして、ひまわりが、待っていた。

ジャンゴではなく、俺が来たことは、
特別意外でもなかったらしく、
むしろ予想内の事だったようだ。




「構わん、家事ばっかりで腕もなまるしな、
このままでは炊事と洗濯等の家事スキルが上がって、
逆に戦闘のスキルがどんどんさがっていくばかりだ。」

ため息と一緒にそう答える。

生物は
進化と退化は実はやろうと決めれば
意外と簡単にできるらしいが、

維持させ続けることはどうも難しいらしい。







「それに、予想はできていた。」
この日、アイツがまともに動けなくなることぐらい。

いや、知っていた、という表現が正しいか。
それを把握していての、作戦、だったからな。









ヴァンパイア・ロードによる、あのサンミゲル襲撃は。

















「…ジャンゴ様、やはり具合がよろしくないの…でしょうか…?」
大地の巫女が心配そうにつぶやく、
予想はしていたが、やはり残念、といったところか。

「午後にはケロリとなおっている。
病気じゃない、一種の生理現象だ。心配の必要はない。

…どうしてもというのなら、
あとで、リンゴでも差し入れにいってやればいいさ。」


さて、俺達はここに世間話に来たわけではない。
その時まで、もう、時間がないのだ。



「ひまわり。あらためて結界を張りなおせ。
大地の巫女、お前は太陽樹の傍で、もし太陽樹の力が弱まったとき、
アンデッドが乗りこんできたら、撃退を任せる。
2人とも、クロロホルルンだけには気をつけろ。」

まあ、…太陽樹どころか、
この街には一歩たりとも攻めこさせないが、な。

「了解っ」「はい。」
「レディ、貴方には街の人間達の外出を
遠慮して頂けるように促していただきたい」
「ええ、大丈夫よ、もうスミス達には伝えているわ。
私は、ザジちゃんの護衛が終わり次第にリタのフォローに回るわ。」




「サバタ」
「何だひまわり。」
「アンタはどうするん?」

「どうするもなにも、

俺はアイツの代わりだ。
アイツがやろうとしたことをやるだけさ。」


「…、アンタ、暗黒銃もう使えんのやろ。ホンマ、大丈夫なん?」

「大丈夫だ、ソルとダークが使えなくとも、他の4属性を使える。」



月下美人とは4元素の力を自在に操ることができる。


体内のダークマターをすべて手放した今、
ルナ元素を他の4元素へと変換し、それを攻撃の手段とする。
これが今の俺の戦い方だ。



もっとも、こんな戦い方は最近覚えたのだが。


























あるサンミゲル郊外、
あるポイントで、サバタは腕を組み、目を閉じ精神を集中させていた。







太陽が高く昇るべきこの時間、
だんだんと薄暗くなり、


太陽が、ゆっくりと欠けてゆく。






そしてその時間が再びもうすぐ訪れる。







そう、あの時、

伯爵率いる死の行進が
このサンミゲルに進行してきたときと、同じように。







─あの日─
数十年に数十分間あるかないかの現象のはずだった。

日食により、その地域のソル元素が数十分間だけ、著しく低下し、
サンミゲルを守っていたはずの太陽樹の力は数十分間だけ0同然になる。



だが、その数十分の間に伯爵、ヴァンパイア・ロードは死の行進をつれて侵略しにきた。
すべてが計算されていたのだ。



そう、十数年前から、綿密に。

その日だけを、彼女はずっと待っていた。




















「……」
振り返るほど、
彼女の情念が、どれだけ深く重いものだったか分かるぐらいにはなった。





同時に、いろいろと考える様になった。
彼女─クイーンと、母さんと、親父と。









かつて、クイーンは俺に言った。


お前も、私と同じ道を歩むだろうと。


血のつながった家族が、
新しい家族をつくり、去っていってしまう。


では、残された、家族は?
そいつにも新しい家族を作れ、というのだろうか
そいつは、今ある家族を大事にしていたというのに?
そいつにとっては、最初から一緒にいてくれた家族が、世界の全てだったのかも知れないのに?


親父と、母さんが、してはいけなかったことは何だったのか
クイーンがしてはいけなかったことは、何だったのか。



最近はそんなどうしようもないことばかり考えている。
そして、いまだにまだ、はっきりとした答えは見つからない。







「結界ー。ガッチガチに貼りなおしてきたで、」
疲労が伺える声のトーンでひまわりが戻ってきた。

「…そうか。」

「そんだけか?なんかもうちょっと言う事あるんちゃう?」

「…ご苦労だったな。」

「…わかっとると思うが、貼りなおした結界、メッチャ強力な分、
その領域が小さいんや、結界同士の境目つうものが
やっぱりどうしてもできてしまう。」

「そう、例えば、ここ付近、とかだろう?
だから、俺もお前も、自然とここで出会ったということだろう。」

「そういうことや」
わかっとるならエエヨ。といわんばかりのニヤリとした笑みを
ひまわりは浮かべ、




そして次の瞬間に、ここは戦場になった。





突如向かいから噴出すように発生したクロロホルルンと同時に


再び、この太陽の街を攻め落とさんと
何体もの、紅き不死者が黒き歪みから現れ始める 





いつもアイツが必死で守っている物 
今日限りはこの俺が全て引き受けようではないか。


あの日の様に上手く落とせるとは思うなよ。
銀河意思に組するものよ。


今回は、この街には
この俺がいるのだからな

「いくぞ、ひまわり。
たった数十分だ、下手なミスはするなよ。」


「その言葉そっくり返したる。
援護はまかせとき、無茶するんやないで」





そして数十分の小さな、そして激しい戦争が始まる。





ずいぶんと久しい戦場を、駆ける。

クロロホルルンを散らし。クリムゾンモンスターに銃口を向ける。

クリムゾンモンスターも闇の中、
疾風のようにかける闇の戦士を捕らえようとするが
瞬間発生したした氷の鎖がそのアンデッドの足を、腕を封じる。

その氷に気をとられた瞬間、強烈なフレイム弾がアンデッドを包み込んだ。
燃え尽き、灰になっていく紅色の不死者達、だが、塵になっていく数と同等、
もしくはそれ以上の数のアンデッドたちが絶え間なく発生し続けている。



全てを屠る必要は無い。
この日食が終わるまでの数十間、街に入れさせなければ
コチラの勝ちだ。


相手を殲滅、するのではない。
ただ、そのときまでにここを守り抜く事ができればこっちの勝ちだ。




そういえば、こういう、守るための戦いは
自分は、初めてなのかもしれない、

そんなことをふと、思い、少しだけ苦笑した。





太陽が再び現われるまで約数十分の激しい戦闘の中。



戦士達は、気付いていただろうか、





その間、戦場となっている頭上では



凛々とした、美しい光の輪が輝いていた事を。


2009/7/23:up (※22日の日食の日には間に合いませんでしたorz)