「久しぶりだね、この裏切り者」

あまり聞きたくはなかった
聞き覚えのある声が背後からした。







継承

この炎に包まれた街の中央で。
数十年、いや、もしかしたら数百年ぶりなのかもしれない再会。


このタイミングであらわれなくてもいいだろうに、
空気を読めないのか、いや、むしろわざと読まないのか。



背後にヌッと現れたその不確定な影は形を作り、銀髪の少年の形へと変わる。

わざとらしく、ひとつため息をつき、振り返る。

「…お久しぶりでございますな、ダーイン様。」
「お久しぶりだね、…伯爵。」

そういって、その銀髪の少年は品のある笑みをこちらへと浮かべている。




 わかっている。
その微笑の奥にある、死の一族へ寝返った
自分に対する怒りの感情が、沸々と渦巻いている事を。



「なかなか健気に働いているじゃないか。」
「……。」
「しかし、そうとうボコボコにやられてるね。

まさかガンナー最期の手がグーなんて、君も僕もびっくりするよね。
アイツは笑ってたよ、「とても愉快なものを見せていただきました」って。
よかったね、ソレ、丸腰で。」

クスクスと、品のある笑いを浮かべ「ソレ」を指さした。


どうやら、我輩とこの男の戦闘を見ていたらしい。
この男…冷たい地面に横たわっている今はただの骸。




「素手で、我が輩に勝てるとでも、
本気で思っていたのか。それとも、
勝つ気などなかったのか…いずれにせよ」




─正々堂々─



そんな言葉、にわかにでも信じてみた己を恥じ、
そして、この男を恥じた。




最後の決闘は、正直興醒めであったのだ










過去に何度も戦い、そして決着の付かぬまま、
今日まで過ごしてきた。


この街で、おそおらくこれがこの男との
最後の決着となるだろうと、

…我が輩とて、その事実になにも感じないわけではなかった。


柄にもなく、ある程度の覚悟をしてはいたのだ。
だからこそ、このあっけない決着に失望というものも感じざる得ない。


「今回の襲撃で大きく動いただろうね、この星の歴史が」



今回のサンミゲルの襲撃、
これは死の一族だけではない。

闇の一族、夜の一族をも、
興味を持っているのだろう。


実際のこの襲撃は、
我が輩率いる死の一族だけではなく、

他の一族も
悪乗りで、死の行進に参加していたようだ。





「さて、我輩をどうするつもりですかな?」


「ボクの思想よりも、クイーンの思想を選んだんだろう?
まあ、新しい場所でがんばってみるといいよ、
己と周りの思想が違うのなら離れればいい。
共感できたのならついていけばいい。

だけど、裏切りというけじめはつけてもらわないと。
わかってるよね?」






「と、いいたいところだけれど、
ソレ、ちょうだい。
ソレを手切れ金として、君の裏切りを許してあげよう」



「この…死体を、ですか」
「もちろん吸血変異、させるんだよ。
しばらくはそこらへんを徘徊させておいて」


「…この男をいったいどうするおつもりですかな?」

「教えない、だって君はもう僕と何も関係ないから。」





「そうだ、もう関係ない。あの男は死んだのだ。」


とっととあの男を銀髪の少年にくれてやった
吸血変異をおこし無様に動き出すソレが何処へ彷徨い去っていく様を
ただ醒めた目で一瞥し、そのままあの場を立ち去った。






炎と死者の呻きに飲み込まれてゆく街を見下ろしながら
なんともいえないような虚無を感じていた。
















それは偶然、だったのだ。
火につつまれていくこのまちで、
逃げまとい、火に包まれたおれゆく多くの人間達の中で

その刹那
火の色とも、血の色とも違う
紅のマフラーが、
伯爵の視界にはいったのは。




「街の人間が逃がしたか。」
必死に街から駆ける少年の前に降り立った。
見覚えのあるマフラー、見覚えのある銃。
そしてなによりも

少年がなにかの
行動を起こすよりが早く。
その軽すぎる体をつかみあげる。


そう、そしてなによりも
その顔立ち。その目。

「そうか貴殿、あのヴァンパイアハンターの息子だな?」
「お父さんを、しっているの?」
「ああもちろん」



「先刻、我が輩が殺してきた。」


そういった瞬間。腹部に激痛が走る。
至近距離で、太陽銃を放たれたようだ。



思わず顔をしかめ少年を投げ飛ばす。
その隙に少年は逃げる


─ことはせずに、我が輩と対峙した。

その銃を構え、
赤くなった目でまっすぐにこちらを見据え。




「父親の仇、が、とりたいか?」


瞬時に少年の懐へ入り首を掴み、
そのまま背後の枯れ木にたたき尽きた。


	そうか、あの男との戦いは


「ならば、我が輩を狩りたければ、イストラカンにくるがいい。
北にむかって、七日、歩き続けるがよい。氷の入り口のその奥だ。」

「そこでまっている。まだ幼きヴァンパイアハンターよ。」

			世代を越え、まだ続くらしい。












あの男の息子をそのまま放置し、今ははるか上空、
イストラカンの血錆の館へと戻っている

「おもしろい、おもしろくなってきたぞ。
リンゴの血と、銃をうけつぐもの、これが」


命の継承というものか。

伯爵の口元には笑みが浮かんでいた。

2010/6/27:up