ギルドの仕事から戻ってくるや否や
そのままベッドに直行し、布団をかぶったまま嗚咽を飲み込んでいる姿は
さすがに痛々しいものを感じた。


どうした?何があったと心配をする精霊を制止し、
そのまま布団の塊には触れずに時間が経ち、
向こうが自然に出てくるのを待つことにする。




















大丈夫だ。
我が好敵手はそんなにヤワにはできていない。

必ず何かを学び、成長するはずだと、信じていた。



懐中時計 cast:ジャンゴ・ルイス・エンニオ




日の入りを向かえ、
アンデッドたちがすこしずつ徘徊を始めた頃にジャンゴはギルドの仕事を終わらせた。

今回の依頼は
ザジの結界の外側、
サン・ミゲルの崩落部分の
掃除・調査・アンデッドの殲滅。


この調査はなにも今回が初めてではなく。
コツコツと司書レディの指導下で、
少しずつ行動範囲を広げていっている。


三番街、陸番街、八番街と
ざっと調査を進め、時に潜んでいるアンデットを浄化しながら。


そして今回も何一つ問題が起こることもなく
依頼された範囲分の調査は完了した。



ただ、ひとつ。
いつもと少しだけ違う事といったら
浄化され、塵となったアンデッドのいた場所に、

さび付いた懐中時計がひとつ残されていた。
珍しい物を残したなと、ジャンゴはその時計を拾い調べてみる。

時計は23:58分で止まっていた。
そしてその懐中時計の裏に彫られていたスペルは─












「ほっほ。奇遇じゃの、今帰りかのう?」
偶然帰路で、老紳士─ルイスと出会う。
こんばんはと挨拶をし、簡単な雑談を交わす。

そのなかで、自然と先ほど拾った懐中時計の話をだす。


「この時計。さっき街の外側で拾ったんですが、
これ、「エンニオ」って名前が彫ってあるんです。
もしかしたら、街の襲撃の際に
落としたものなんじゃないかなって」

町の外でそういうものを
拾うのは実は珍しいことではない。


あの日の伯爵による襲撃で、
街にあった、いろんなものが瓦礫に埋まってしまった。

そういうものが今、
掘り起こしてみると結構出てくる。


陸番街のかつての自分の家だったところからも
おてんこさまのぬいぐるみや、
母や父が使っていたものも出てきて、
いろいろと感慨深くなった事もある。



そして、今回はソレが
たまたまエンニオさんの物だったから

ついでに届けにいこうと
家から迂回した道を通っているときに、ルイスとであった。






「…その時計、本当に拾ったのかのう?」


「正確には…アンデットが持ってて…
もしかしたらそのアンデッドが
拾ったのかも…。」


そうか…とそのジャンゴから貸してもらった懐中時計を
ほんの数秒間、見つめたあとに、ルイスが口を開いた。

「実は丁度、自分もエンニオのやつに用があってのう、
わざわざ時計塔の方向へと遠回りするのも面倒じゃし、
おぬしもできれば早く帰りたいじゃろ?

じゃから、ついでにあやつに返しておくよ。」


それじゃあ、またの、
時計を持ったままルイスは時計台の方向へ向かっていった。


自分もホームへと戻る。
お腹もすいたし、少し疲れがたまって眠い。
早く布団の中に入りたいなと
少し早めに歩みを進めた。




















ただ、

ルイスの、その時計を見つめていた数秒間。
それがひどく気になっていた。




















時計塔の中から明るい光がもれている。
中では相変わらず歯車が
グルグルグルと、止まることなく回り続けている。


ルイスから手渡された懐中時計を
エンニオは手に取りただそれを見つめていた。


「すまないの、こんな夜分遅くにあがりこんでの、

じゃが、何もしらんあの子が渡すより、
ワシが間にはいって渡したほうがいいじゃろうとおもってのう。」

「構わん、…すまんかったの。」

















「…間違いないな。
これは確かに、ワシが孫にやったものじゃよ。」





孫とは反抗期に入ってからは、よく喧嘩した。
憎まれ口をたたいたりたたかれたりしながら

それでも、

よく一緒にこの時計塔の整備を手伝ったり、
一緒に茶を飲んだり、学び舎の話をしたり、
そして、成人したらエンニオの跡を継ぎ、
この時計等の管理者になるだと夢を語っていた。


エンニオは思い出す。
あの日も、
ちょっとした事で孫と喧嘩をしたのだ。

いつものことで、
また次の日には何事もなかったようにやってくる。
その時にまた、いつものように茶菓子でも用意しておくかと、そう考えていた。

























孫には次の日は、なかったのに。




















23:58分で止まったまま指針。
それはきっと…なのだろう。

その指針を見るとひどく胸が苦しくなる。



「もしかしたら」


「上手くこの町から無事に逃げているのかもしれんと、
0に近い希望をもってはおったのだが
そうか…やはり、あの日に逝ってしまっておったか」



ルイスにいっているのか、
自分につぶやいているのか、エンニオは言葉を紡ぐ

「喧嘩別れしたままじゃった…な。」


「…ワシもあの日、孫娘と一緒に散歩にでも出ておったら、
一緒に逃げ切ることができたのかもしれん。
もしあの時にこうしていればという後悔は挙げていくと本当にキリがない。」

「救いは…あの小僧が、
腐敗した肉体の檻から魂を開放してくれた事、か。

いや、じゃがしかし、
はっきりしたからかえってスッキリしたわい。
…コレで遠慮なく形だけでも墓を作ることぐらいはできるしの。」





「そうじゃ、ルイス、
この時計の事は引き続き、あの小僧には内緒にしていてくれんか?」

「わしもそれがいいと思っておるよ。
あの子にはエンニオのなくしていた時計じゃったと伝えておこうかの」



「それとどうじゃ、ついでに、一杯だけつきあわんか?」
「なんじゃエンニオ。まだ酒はやめておらんのか?まだまだ肝臓は元気じゃの」

まあ仕方がない、
お前さんが悪酔いせんようにみておいてやろう。
どうせワシもかえってももうだれもおらんからのうと、

今までの重い空気を軽くするかのように、
二人は酒の話へと会話を弾ませる。
この調子でおそらく朝まで飲み続けるだろう。






















































二人は気が付かない。













ルイスの様子が少し気になって


時計台へ様子を見に来ていたジャンゴが
まさか入り口の前で二人の会話を聞いていた事なんて。










































日付が変わり、作っておいた夜食がすっかり冷め切った頃。
アイツはようやく布団からのそりと出てきた、目を赤く腫れ上がらせながら。

テーブルに無言で座り、冷たくなった食事を黙々をとっている。
時折、鼻をすすりながら。


その様子を一瞥し、
そして再び読んでいた本に視線を戻す。



「サバタ」
「なんだ。」

食事をしながら、ジャンゴは話す。



「ボクもう一度、太陽銃を、持つ意味を考えるよ。」

「…」

「「浄化」の意味も、もう一度考えてみるよ。」
「そうか」






2人の会話はソレっきり途絶えてしまった。

サバタはそのまま読書にふけり
ジャンゴは再び黙々と食事を続けていた。



家の中はただ、
太陽の精霊のイビキだけが、響いていた。






2009/3/19:up